ODAの歴史

本家サイトの「OpenDWG History」ページを翻訳しました
> http://www.ebatech.jp/open-design-alliance/about-oda/opendwg-history/

日本におけるCAD市場は、他の英語圏の国と比べると、少し特殊だったかと思います。ここ数年、日本においてもAutoCAD-DWGフォーマットが、デファクトスタンダートとなりつつありますが、海外におけるAutoCADシェアとは比較になりません。

日本では、 翻訳されていない英語バージョンのソフトウェアが受け入れられることはまずありません。また、日本における独自の設計基準などが、海外製CAD製品にとっては、大きな障壁となっているようです。

DXFファイルは、Autodesk社の思惑通りに、国内においても「CAD標準交換フォーマット」として受け入れられ、ほとんどのCADが採用していましたが、オープンなテキスト形式であったため、入出力機能をプログラムするのに、特別なライブラリは必要とされませんでした。ですが、DXFのファイル仕様が良く理解されないまま作成されたデータも少なくなく、「DXFよる交換はデータが化ける」というのが、一般的な認識となってしまったように思います。

私の記憶では… 国内において、DWGファイルの構造を初めてオープンな情報として提示したのは、(有)ページワン だったと思います< 1997年頃。

ODA設立によって登場したOpenDWG Toolkit (通称 ODT) は、Internet 普及期とも重なり、国内においても、バイナリ形式であるDWGなら大丈夫だろう!という、ある意味安易な理由から、国産のほとんどのCADベンダーが ODT を使って、DWGファイルの読み書きをサポートするようになりました。

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